かすかな雨の音で目がさめた。
予報通りだな、と思って雨戸を開けると、
そこにあったのが、この景色だ。
昨日は、
「ようやく畑もひと段落したし、道具も片付けよう」
「せっかくの紅葉だし、
庭を訪れる人が気持ちのいいように、少しきれいにしていこう」
そう言って、みんなで縁側の草を引いた。
私たちの足らずは、雨が補ってくれていた。
踏みつけた花は頭をあげて
小石は土を落とされて
新しい今朝の顔をつくっている。
心洗われるとは、
こういうことを言うのだろう。
すべてのものに
ありがとうと言いたい気持ち。
Ms.OZ こころの隠家 オズハウスにて
この窓がまるで額縁にように、オズハウスの四季を絵画のように美しく魅せます。
前日、作業で踏んでしまって元気のなかった草花が翌日は雨の恵みを受けて、また
上を向き、新しい朝が始まる。人も誰かに否応なく心を踏まれても、誰かがそれを
察し励まし温める、そんな当たり前の自然や人の営みに、明るい希望を感じます。
その通りですね。でも、今の世の中は、みんな自分のことで精一杯で、そんな本来あたりまえのことが、なかなか、誰にでもできることじゃないし、そういう場所がどこにでもあるわけではないのが、現実かもしれませんね。だから、こんなふうにいい循環をつくれるというのは、本当に貴重で素晴らしいことだと思います。希望を感じますね。